スピンドル形成チェックポイント(以下、スピンドルチェックポイント)はどのようにして細胞周期を遅らせているのでしょうか。
現在もホットな議論が展開される部分でもあり、生物種によっていろいろなデータや考え方があります。私はとても全部を理解しているわけではありませんので、一般的な解釈について説明します。
まず、細胞が「待った!」をかけたくなる状況というものはどんな場面でしょうか。
前回説明したように、分裂期に突入して、いよいよ染色体DNAを二組に分配するというときになって、微小管がなかなかうまく動原体をつかまえることができない場合、チェックポイントの出番です。もしここでチェックポイントが見張っていないと、細胞は分裂後期(anaphase)に突入してしまい、染色体の不均等分配が起きます。この場合、まだ微小管によって捕らえられていない動原体に、チェックポイントの構成因子のひとつであるMad2が局在して活性化し、「待った!」をかけます。
そもそも細胞周期はこの時期、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性が最高潮に達しています。CDKはそのリン酸化酵素活性によって細胞周期の進行を一括して制御している重要な因子です。細胞周期をG1期からスタートさせると、G2期に向けてCDKの活性が徐々に高くなっていきます。CDKの活性がじゅうぶん高くなると分裂期(M期)に突入です。CDKの活性によって、分裂期に起きるべき様々な現象が適切なタイミングで起きていきます。染色体が微小管によって捕らえられる分裂中期に向かってその活性は最高潮に達するわけですが、そこから分裂後期に進行するためには、CDK活性を急きょ低下させる必要があります。
この役割を担うのが後期促進複合体(Anaphase Promoting Complex)です。あまり日本語名称は使れず、かわりに略称でAPCと呼ばれます。この活性はそれまでサイクロソームcyclosomeと呼ばれていた経緯があり、両名をAPC/cyclosomeまたは簡単にAPC/cと併記することも多くあります。大腸癌の原因遺伝子として知られるAPC (Ademomatous Polyposis Coli)や免疫の抗原提示細胞APC (Antigen Presenting Cell)とまぎらわしいですが、それらとは別の意味です。
分裂後期(anaphase)を開始させるためには、CDC20/Slp1/Fizzyというタンパク質(以降は単にCDC20と呼びます)がAPC/cに結合して活性化させるのですが、Mad2はCDC20に結合することによって、APCの活性化を阻害します。正確には、BubR1/Mad3というまた別のスピンドルチェックポイント因子もCDC20に結合します。Mad2とBubR1の両方がCDC20に結合することでAPCが阻害されます。
簡単にまとめると、微小管が結合しない動原体があるときは、Mad2がその動原体を認識します。Mad2とBubR1がCDC20に結合することで、APCは活性化できなくなり、CDKが高い状態が保たれ、細胞周期は分裂中期に停止し、後期には入りません。この時間稼ぎの間に、微小管がすべての動原体を正しく結合してくれればいいのです。
Mad2をはじめとするスピンドルチェックポイントの構成因子は酵母からヒトまで、幅広い真核細胞生物において保存されており、その重要性が伺えます。Madタンパク質は、Mitotic Arrest-Deficient(ベノミルによる分裂期停止に欠陥のある変異体)の頭文字、Bubタンパク質はBudding Uninhibited by Benzimiadzole (ベンズイミダゾールによる発芽停止に欠陥がある変異体)の頭文字をとったものです。そもそも、Cdc20やCDK(分裂酵母Cdc2や出芽酵母Cdc28)も酵母のcell division cycleの略で、すべて酵母の変異体単離から発見された因子です。これらをみても、酵母が細胞周期研究において先頭に立って分野を切り開いていった経緯を雄弁に物語っています。
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