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2010年2月24日水曜日

キネシン-5/Cut7 ~ 分裂酵母のスピンドル(紡錘体)微小管形成 その3~


これまではスピンドル微小管の形成起点のことを中心体と呼んできましたが、前述の通り、酵母では正確にはSPB (Spindle pole bodyの略:スピンドル極体)といいます。高等生物の中心体と酵母のSPBは見た目の構造が違うだけで機能は同じと考えてください。話がなじんできたところで、これからはSPBと言う言葉を併記していきます。

前回までに、複製された2個の中心体(SPB)が隣り合ったまま核膜に存在していて、それらからスピンドル微小管が生えてきたところまで見てきました。スピンドル微小管が安定化されるためにはTACC-TOGやEB1といった微小管結合タンパク質が重要だということでした。

しかし、スピンドル微小管が染色体を分配するためには、中心体(SPB)が染色体の両側に位置することが望まれます。これは既に見てきた染色体分配の図に描かれていた通りです。

さて、どうやって2個のSPBが染色体の両側に位置するのでしょうか。ここで、キネシン-5というモータータンパク質が重要な働きをします。

キネシンは非常に多くの種類が存在しています。およそ5年前に、その機能や分子構造の違いからキネシンの大家族(superfamily)を包括的に系統分類し、名前を番号付けしていきました。それまではEg5, BimC, Cut7, ...これらのキネシンは生き物は違えど機能は類似しているのですが、それぞれの生き物の固有の呼び方で呼ばれていたために混乱を招いていました。
そこで、これらの「相同因子」を、まとめてキネシン-5という肩書きをつけることになりました。現在のところ、キネシン-1からキネシン-14まで14グループに分類してあります。

このキネシン-5は2量体などの多量体を形成し、微小管に結合してその上をプラス端に向かって移動していきます。分裂酵母ではCut7タンパク質で、分かりやすくするために、下の図のように、2量体を形成するとして考えてみましょう。あるCut7の2量体は、1分子ずつが、それぞれ別のSPBから生えた微小管に結合したとします。
ここで、微小管の極性が、SPB(中心体)にあるほうがマイナス端で、反対側がプラス端だったことを思い出しましょう。2量体を形成したままCut7のそれぞれが微小管の上をプラス端に向かって歩き出すと、結果として2本の微小管が逆平行(anti-parallel)に束ねられていくのが分かっていただけるでしょうか? そうすることによって、核膜上のSPBは少しずつ互いに離れていくことになります。最終的には、2個のSPBは、まるい核膜上の正反対側に位置するようになり、逆平行に束ねられたスピンドル微小管は核の直径の長さになります。分裂酵母ではそれが約2µmになります。このスピンドルのうえに、染色体が存在します。

これでやっと、染色体の両側にSPBがある「双極」のスピンドル(bipolar spindle)ができるわけです。では、次は、微小管はどうやって染色体をとらえて引っ張ることができるのか、を見ましょうか。

文献:
分裂酵母Cut7:
Hagan and Yanagida. Nature 1990
Hagan and Yanagida. Nature 1992
古いですが、学生の時読んでとても印象に残った論文2報です。
Eg5(ショウジョウバエのキネシン-5):
Mitchison. Phil Trans R. Soc. 2005
ちょっと難しく、内容も上記のものとはちがうトピックスについての総説ですが。

2010年2月19日金曜日

微小管結合タンパク質 ~ 分裂酵母のスピンドル(紡錘体)微小管形成 その2~


前回は、2個並んだ中心体からヒゲのような微小管が生えてきたところまで説明しました。ここから、微小管結合タンパク質がいよいよ登場です。

微小管結合タンパク質は、文字通り、微小管に結合するタンパク質です。微小管結合タンパク質は微小管に結合して、一般的に微小管のダイナミクスや挙動を制御します。あるものは微小管の先端にのみ存在(局在)したり、あるものは微小管全体に結合したりと結合様式は様々です。実はこれまでのステップにも微小管結合タンパク質は重要な役割を担っていたのです。例えば、微小管重合活性をもつγーチューブリン複合体もそのひとつです。

分裂酵母のスピンドル形成において、γーチューブリン複合体の働きによって2個の中心体から生えてきた短いヒゲのような微小管が安定して伸びていくためには、微小管結合タンパク質の働きが不可欠です。

重要な微小管結合タンパク質をいくつか挙げておきます。TOG (tumor overexpressed gene)と呼ばれる微小管結合タンパク質は、酵母からヒトまで真核細胞生物において広く保存されている微小管結合タンパク質で、分裂酵母ではふたつのタンパク質Alp14とDis1がTOGの相同因子です。TOGは、別のタンパク質TACC (transforming acidic coiled-coil)と複合体を形成することが多くの生き物で見つかっています。分裂酵母でもAlp14は、TACCの相同因子であるAlp7と複合体を形成します。TACC-TOGの複合体は微小管の安定化に極めて重要な役割を担うことが知られています。

また、EB1 (end-binding 1)という名の微小管結合タンパク質もひろく保存され、微小管の安定化に重要な役割を担います。分裂酵母ではMal3というタンパク質がその相同因子です。分裂酵母のスピンドル微小管形成において、中心体から生えた微小管が安定して成長するためには、TACC-TOG (Alp7-Alp14)、EB1 (Mal3)などが欠かせません。

ある特定の微小管結合タンパク質は微小管の上を移動します。微小管をレールだとするとその上を歩くイメージです。これらのタンパク質は微小管上を歩きながら別のタンパク質などをその線路に沿って運んでいく働きがあり、モータータンパク質と呼ばれています。キネシンやダイニンがこの部類に属します。
そして次回は、スピンドル形成における、あるキネシンの役割について説明します。

文献について
Dis1:
Nabeshima et al. Genes Dev (1995)
Nakaseko et al. Curr Biol (2001)
Alp7-Alp14:
Garcia et al. EMBO J (2001)
Sato and Toda. Nature (2007)
TOG全般に関する総説:
Ohkura et al. J Cell Sci (2001)
Mal3:
Beinhauer et al. J Cell Biol (1997)
EB1総説:
清末優子 微小管プラス端集積因子(+TIPs)の伸長端認識メカニズム 実験医学3月号 (2008)
Asakawa and Toda. Cell Cycle (2006)
敬称略。あまり詳細に文献を引用していないことをお詫び申し上げます。

2010年2月17日水曜日

マイナス端では何が起きているか? 〜 分裂酵母のスピンドル(紡錘体)微小管形成 その1〜


さて、中心体側には微小管のマイナス端が位置するという話をしました。細胞内のスピンドル微小管(紡錘体微小管)において、マイナス端は実際にはどのようになっているのでしょうか?

前々回の図にも書いたように、マイナス端にはγーチューブリン複合体と呼ばれるタンパク質群がキャップ状にくっついています。これは、本来微小管が重合されるときに、重合起点として働くものです。これを微小管形成中心(MTOC; microtubule-organizing center)といいます。

つまり、微小管はγーチューブリン複合体から重合していくことになります。そのため、γーチューブリン複合体はマイナス端側に存在し、一旦微小管を重合させたあとは、さらなる重合や脱重合が起きないようにして微小管マイナス端としてのダイナミクスをさらに抑えます。

これらをふまえて、酵母のスピンドル微小管がどのように形成されていくのかをみてみましょう。

1個の間期の細胞は、最初は1個の中心体を持っています。細胞周期が進むにつれ、中心体は複製されて2個になり、その2個が核膜のうえで隣り合った状態で分裂期に突入します。

隣り合った2個の中心体のそれぞれには、γーチューブリン複合体が存在しています。そのため、中心体を微小管形成中心(MTOC)として、スピンドル微小管が形成され始めます。そして、形成され始めた微小管のマイナス端は、そのままγーチューブリン複合体によってキャップされ、中心体に束ねられています。

ここまでで、図のように微小管が2個の中心体からヒゲのように核内に向かって伸びていく様子が分かっていただけたでしょうか?

この状態からどうやってスピンドル微小管に育っていくのか、まだまだ先は長いといったところでしょうか。

2010年2月15日月曜日

スピンドル微小管(紡錘体微小管)における微小管の極性


前回の最後に、動的不安定性によってダイナミックに伸び縮みしている微小管が本当に細胞の中で機能できるのかという問題を提起しました。それに答えるためにも、今日はまず両末端の性質についてもう一歩調べてみましょう。

プラス端とマイナス端、これら両末端の特性がどのように生かされいるのか、酵母の分裂期のスピンドル(紡錘体)微小管を例にとって考えてみましょう。既にみたようにスピンドル微小管は染色体(複製された姉妹染色分体)を両側から捕まえて引っ張り、左右に分配するのが役割です。つまり、左右には中心体があって、微小管が束ねられているわけです。


分かり易くするために、全体の左半分だけ見てみましょう。微小管は、左端に位置する中心体と右側の染色体の間に存在していますが、この微小管のどちらが一般的にプラス端でどちらがマイナス端か予想してみてください。ヒントは、プラス端はダイナミックだという性質です。

正解は、右側の染色体サイドがプラス端です。プラス端特有のダイナミクスは、スピンドル微小管が染色体に向かって伸びて行って、染色体の中央部分である動原体を捕まえることに利用されます。微小管を腕に例えるならば、染色体の動原体を捕まえるためには指先をダイナミックに動かしたほうがやり易いでしょう。

微小管のプラス端がにょきにょき伸びていくイメージが沸いてきましたか?

なかには、中心体側こそがダイナミックであるべきだと思ったひともいることでしょう。それも一理あります。中心体側つまりマイナス端はどのようになっているのか、次回はそのあたりから続けてみることにします。

(酵母の中心体は正確にはSPB (spindle pole body)と呼びますがそれはまたいずれ説明するということで、ここでは中心体という言葉で統一します)

2010年2月12日金曜日

微小管の構造


話を極性成長からスピンドルに戻すにあたって、まず微小管というものが何であるかについて調べてみましょう。

微小管という細胞内構造はとても長い繊維のような構造ですが、タンパク質でできています。研究していると当たり前のことになってしまい特別には意識しないのですが、時々この事に気づかされてはっとします。

微小管(microtubule)は2種類のチューブリン(tubulin)というタンパク質(αとβ)が数珠つなぎになった(=重合した)ものです。


図のように、α-チューブリンとβ-チューブリンからなる2量体が整列して重合していくわけですから、当然、重合してできた微小管には「向き」ができます。これを極性といいます。細胞の極性とはまた別に、微小管という繊維状の構造物にも極性があるわけです。微小管の末端のうち、α-チューブリンが露出している末端をマイナス端、β-チューブリンが露出しているほうをプラス端と呼びます。試験管内で重合させた微小管は、プラス端側でもマイナス端側でも重合をおこないます。しかし、プラス端のほうが重合速度が圧倒的に速いことが知られています。

チューブリンはGTP結合タンパク質です。α/β-チューブリン2量体が重合していくとき、GTP結合型のチューブリンがどんどん重合していきます。重合したチューブリン2量体ではGTPの加水分解が起き、GDPになります。このGDP型のチューブリンが微小管の末端にあるときは、末端からばらばらになり易い(脱重合しやすい)性質があります。ですから、重合が盛んに起きているときには、末端は安定に微小管を伸長させますが、盛んでない状況下ではGDP型のチューブリンが末端に存在しがちになり、基本的に脱重合する運命にあります。

ということは、ひとたび微小管が形成されてしまえば、なかなか長さ不変というわけにはいきませんね。重合し続けるか、脱重合するか。微小管はこれを繰り返して、ダイナミックな繊維として存在します。このような性質を微小管のダイナミック・インスタビリティ(動的不安定性)と呼びます。

じゃあそんなに微小管がダイナミックなら、微小管は染色体分配などの機能を落ち着いて発揮できないんじゃないの?と思うかもしれません。その辺を次回見ていきましょう。

2010年2月10日水曜日

極性に異常のある変異体の単離


酵母のいいところは遺伝学が使えるところです。
具体的にいうと、もし極性がどんな分子によって作られるのかを知りたかったら、極性に異常のある変異体を単離すればいいのです。もちろん言葉で言うほど実際の実験は簡単ではありませんが、ある意味他の方法では代用がきかないような遺伝学の王道です。また、これまで誰も見たことがない症状を出す変異体を見つけ、それがなんの遺伝子の変異であるのか、なぜそのような症状を出すのかを知ることは宝探しに似たようなワクワクした感覚だと言うひともいます。

極性に異常を示す分裂酵母の変異体はいくつかのグループによって単離されました。極性に異常のある変異体といって具体的にどんな形のものを思い浮かべますか?

あるものは真ん丸の形になってしまい、あるものは細胞がバナナみたいに折れ曲がってしまったもの、またあるいは細胞の真ん中あたりで急に成長する方向を変えてT字型になってしまうものと、その形態は様々です。

真ん丸になった変異体は、どこが細胞の末端かが分からなくなってしまった細胞かもしれません。バナナ型の細胞は、細胞の進むべき方向が何らかの理由で少しずれてしまったのでしょうか。

ここで我々は、細胞の末端がどこであるかを知らせてくれる因子の存在を仮定すれば話がスムーズにいくことに気がつくでしょう。そのような末端の場所を教えてくれる因子のことをエンドマーカーと言います。

すると、正常な細胞(野生型)では細胞の両端にエンドマーカーがあるのに対して、真ん丸の変異体ではエンドマーカーがなくなってしまった、あるいは正しい末端に存在できなくなった(局在できなくなった)細胞かもしれない、となります。

ではそういうエンドマーカーは実在するのか?

次に極性について書くときにはその点について調べていきましょう。

極性に関する話が長らく続いたので、ひとまずこのくらいにして、また話をスピンドル微小管に戻します。

2010年2月2日火曜日

極性に関する「なぜだろう?」


昨日書いた「極性に関するいろいろな謎」ですが、

例えば、
・なぜ細胞の成長は長軸方向(図での横方向)に限られるのだろう?
・なぜ分裂期には細胞は成長しないのだろう?
・分裂期が起きる時期と細胞の長さ(成長の度合い)の間には連携機構があるのか? (細胞がある程度まで成長しないと分裂期に入らないというようなシステムがあるのか)
・もし仮に分裂酵母の細胞が極性成長できないなら、そのときの細胞の形はどんな形だろう?あるいは、細胞の生死には影響がないのだろうか?
などが挙げられます。

もちろん、今日でもまだすべての謎が解かれているわけではありません。こういった「誰でも思いつきうる疑問」から研究は始まっていくのです。

2010年2月1日月曜日

極性成長2 古い末端と新しい末端


やっと本来の微小管の話に戻ります。
今日は極性成長に関する第2弾です。

分裂酵母には細長い極性があるということは先日書いたとおりです。つまり、細胞の両端のみが、細胞の成長する場所になっているわけです。細胞の成長端は決まっていて、その方向に成長していくのが極性成長です。
面白いことに、分裂酵母では、細胞の右側と左側では成長を始めるタイミングが違うーーNETOというーーという現象があります。わりと古くからこの概念が提唱されています(1985年)。NETOとは何でしょうか?

図をみながら、細胞周期の分裂期からスタートして考えてみましょう。分裂期には細胞の両端は成長しないで一定の大きさを保ちます。そしてスピンドル微小管が形成されて染色体が分配されますが、その後、細胞質分裂(cytokinesis)が起き、隔壁(septum)によって2個の細胞へと分裂します。新しい細胞の誕生です。

ここで新しい細胞の1個に注目してみましょう。図のように、生まれた細胞の左右の末端はまったく同じではありません。図の左側の末端は、分裂前から末端として存在していた、いわば古い末端(old end)です。これに対して、右側の末端は、分裂前は細胞の中央部であったわけで、隔壁によって新たにできたものですから、新しい末端(new end)です。このように、生まれたての細胞には、新しい末端と古い末端があります。

その後、細胞の両端は前回述べたように極性成長していくわけですが、古い末端が先に成長を始め、新しい末端の成長はそれよりも遅れます。新しい末端の成長が始まることをNew End Take Off (NETO) と呼びます。

それではなぜ新しい末端の成長は遅れるのでしょうか? 図をヒントとして想像してみてください。タネあかしをすればアクチン(と微小管)が鍵ですが、それが何であるかを知らない人でも、まず図を見てなぜ2つの末端の成長がずれて起きるのかを想像してみるのがよいと思います。

このようなシンプルな疑問から細胞極性成長の壮大な分子メカニズムの探究がはじまったわけです。よく考えてみると、これまでみてきた極性成長の説明文の中には、他にも極性成長における重大な謎がいくつか潜んでいます。なにか思いつきますか?

話がずれますが、
「これが起きるのはなぜだろう?」というシンプルな疑問があって、その謎を解きたいと思うのが科学の面白さだと思います。その気持ちは小学生でも研究者でも同じようなものです。
そのためには細胞なり生物なりで起きている「現象」をじっくり観察することが大事です。中高生、大学生の理系離れというのは、そういう面白さよりも、専門的な知識の詰め込みが先行しているからなのかもしれません。学生時代理科嫌いだった自分の意見です。