[Japanese/English]

2010年4月30日金曜日

微小管の脱重合はどこで起きているか


もしあなたが微小管を脱重合させることができるキネシン分子であったとしましょう。あなたは、染色体を中心体まで運搬しなければならないとき、具体的にどこに存在して微小管の脱重合をしていきますか?
前回の図をみながら考えてみましょう。

答えは主に2つに分けられるでしょう。
一つは、動原体との接着部位である微小管のプラス(+)端に存在して、動原体をくっつけたまま、パックマンのように(注)、微小管を食べて短くしていく方法です。

(注)パックマンという比喩が90年代以降の人にどれだ通用するのか分かりませんが、オンラインゲームとして、またはiPhone、DS、Wii、PSPなどで遊ぶこともできるので認知度は高いのかもしれません。学術論文でも頻繁にPac-man modelという言葉で使われます。

もう一つの答えは、中心体に近いマイナス(-)端において微小管を脱重合する方法です。イメージとしては、「釣り」を想像しましょう。あなたが中心体にいる釣り師で、動原体を釣るために釣り糸である微小管をひっかけたところです。リールをまわして釣り糸をたぐり寄せれば、釣られた動原体は中心体にやってくるでしょう。このような微小管マイナス端(中心体付近)における脱重合による染色体の動きをpoleward fluxと呼びます。極方向への流動ということです。同じ脱重合でも、中心体(マイナス端側)のキネシンは自分が動いていくわけではないので、Pac-manとは呼びません。

このように、anaphase Aにおける微小管の脱重合は、2カ所でおこなわれ、プラス端でのPac-man motilityと、マイナス端でのpoleward flusの両方の力が働いた結果、染色体は極方向に運搬されるのです。


2010年4月27日火曜日

微小管の脱重合とanaphase A


分裂後期A (anaphase A)において、染色体がスピンドル極(中心体またはSPB)の方向に引っ張られていくとき、微小管はどのように制御されればいいのでしょうか。

下図のように、まず巨視的にみてみると、中心体(SPB)と染色体の動原体部位との間を結ぶ微小管が短くなれば、動原体を中心体の方向に連れて行けることが分かります。


微小管を短くするということは、微小管を脱重合するということに他なりません。それでは、そのような脱重合活性をもつ微小管結合タンパク質は何なのでしょうか?

以前Cut7/kinesin-5のところで説明しましたが、キネシンは一般的には、微小管上でものを運ぶモータータンパク質として認識されています。すなわち、エネルギー分子であるATPを分解する活性(ATPase活性)を使って、キネシンが微小管上を歩くというものです。キネシン分子はアミノ酸配列上きわめて良く似ている(生物種間で保存された)キネシンドメインと呼ばれる構造をもちます。ここにATPase活性があるわけです。

しかし、ある特定の種のキネシンは、微小管上を歩くモーターとして働くのではなくて、ATPase活性を微小管を脱重合するために使っています。主にキネシン13(kinesin-13)グループに属するキネシンは脱重合活性をもつことが知られています。次回はこのキネシンがどのように関わっているのかをみていきます。

2010年4月23日金曜日

誰が染色体を引っ張るのか?


分裂後期anaphaseの開始がAPCによって行なわれることは既にみてきたとおりです。APCの活性化はセキュリンの分解を引き起こし、セキュリンからの阻害を受けなくなったセパレースによってコヒーシンが切断されます。これで姉妹染色分体のつながりが解除されます。

と同時に、分離された姉妹染色分体は、動原体を介して結合する微小管によってスピンドル極(中心体またはSPB)に引っ張られます。

確かに染色体を引っ張るのは微小管ですが、そのためには、微小管が特別な制御を受ける必要があります。どうしてでしょうか?

分裂中期に至るまで、スピンドル微小管は動原体を捕まえるためにダイナミックな挙動をしていたはずでした。すなわち、微小管は重合と脱重合を繰り返し、動原体を捕らえるために試行錯誤していたわけです。しかし、このような伸びたり縮んだりといった性質をもったままでは、anapahse Aにおいて動原体を一定方向つまりスピンドル極(SPBや中心体)の方向に引っ張り続けることが難しいということになります。

したがって、分裂後期anaphase Aにおけるスピンドル微小管の挙動は、分裂中期に至るまでのそれとは明らかに異なっているわけです。微小管のダイナミクスは微小管結合タンパク質によって制御されると考えるのが自然ですが、それでは分裂後期anaphase Aで染色体をスピンドル極にもっていくような微小管のダイナミクスはどのような因子によっておこなわれているのでしょうか?

それを担うのは、以前にも少し触れたことがある、キネシンと呼ばれるタンパク質ファミリーの、ある特定の因子だといわれています。次回はそれについて書きます。

2010年4月20日火曜日

染色体を分離する


チェックボイントが解除されると、いよいよ染色体が分配されます。この時期を分裂後期Aといいます。実際には英語でanaphase Aと呼ぶことが多いので、ここでもそう呼ぶことにします。

染色体が分配されるにあたってまず何よりも重要なのは姉妹染色分体をつないでいるコヒーシンの切断です。コヒーシンと呼ばれるタンパク質は、S期に染色体が複製されるときに染色体に結合し、複製された一対の姉妹染色分体が離れないようにつなぎ止めています。コヒーシンは輪のような構造をしたタンパク質複合体で、姉妹染色分体2本をくるっとひとまわりするようにしてつなぎ止めています。

分裂期にはそのコヒーシンのRad21というタンパク質が切断されるので、姉妹染色分体は離れ離れになります。

この切断を起こす酵素はセパレースというタンパク質です。セパレースはanaphase Aの開始時に活性化されますが、どうしてセパレースの活性化はanaphaseの時期に限られているのでしょうか?

anaphaseが開始するまでの間、セパレースの活性は、セキュリンというタンパク質によって抑制されています。しかし、微小管が染色体との接着を確立させて染色体分配の準備がととのうと、スピンドルチェックボイントが解除されて、後期開始複合体APCが活性化します。

APCはユビキチンリガーゼというタンパク質分解酵素で、セキュリンを分解します。その結果、それまで活性が抑えられていたセパレースが活性化できるようになります。そのためコヒーシンRad21は切断され、染色体が分配されます。

この現象はすべての真核細胞生物において共通ですが、これらの発見の多くは、Kim Nasmyth, Frank Uhlmann, 柳田充弘先生ら(順不同)、酵母を研究するグループによってなされました。大きな発見において、酵母の研究が重要な位置を占めていることは特筆に値します。

長い話になりましたが、スピンドル微小管が動原体を捕らえてから実際に微小管が染色体を分配するまでの一連の流れが分かっていただけるのではないか、と思います。

2010年4月16日金曜日

スピンドルチェックボイントの疑問点


それではいくつか、スピンドルチェックボイント機構に関する疑問点を挙げてみましょう。

(1)張力がかかっていれば、本当にすべての不具合は解消されたことになるでしょうか。微小管による動原体間の張力はかかっているのに結合様式が不適切だという状況はありうるでしょうか? 前回の図のMerotelic結合を例として考えてみてください。

(2)スピンドルチェックボイント機構は、例えばヒトでは23対ある染色体のどれかひとつでも微小管との接着に問題があれば活性化して細胞周期を停止させます。たった1カ所の異常でも効率的に細胞周期を停止させるのはどのような分子機構によるものなのでしょうか?

(3)接着も張力もOKのとき、スピンドルチェックボイントはどのように解除されるのでしょうか?

(4)接着に異常があってチェックボイントが働いたあと、もし微小管がなかなか形成されずに、いつまでたっても不具合が解消されなかった場合、細胞は、あるいはチェックボイントはどうなるのでしょうか。

想像上の話ですが、細胞分裂の各ステップがもし完璧に100%理想的に起きてくれれば、チェックポイント機構は必要ないのかもしれません。先日書いたとおり、酵母(分裂酵母や出芽酵母)では、スピンドルチェックポイントの構成因子であるMad2やBub1の遺伝子を細胞から除去(ノックアウト)しても、細胞が通常の増殖をおこなう上ではまったく影響は見られません。(ただし、微小管重合阻害剤をかけると、それらの遺伝子の変異体では微小管の異常を感知することができずに染色体分配異常を起こして細胞死に至ります。)

しかしながら、最初から100%うまくいくということは高等生物にはあまり期待できません。例えば、ヒトの細胞ではMad2やBubR1は必須の因子です。高等生物では酵母よりも細胞分裂が「難しい」ということなのでしょうか。それでも、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)においては、酵母と同様にチェックポイントは生育に必須ではないという結果が出ています。ハエは細胞分裂が簡単だといえるでしょうか??

酵母からヒトに至る細胞分裂様式の進化を考えるうえで、ここはひとつ大きなポイントだと思います。まだまだスピンドルチェックポイントの世界は奥が深く、分からないことが多く残されています。

2010年4月14日水曜日

というわけで英語サイト

場所だけ確保しました。

http://msmicrotubule2.blogspot.com/

英訳が追いつくのはいったいいつになるのか。。。

英語サイトについて

いろいろな状況を考慮してみたところ、当ブログ(の内容を)どうも英語でも公開したほうがいいのではないか、と考えるに至りました。

英語を日本語と同じサイトにまぜて書くと少し混乱する気がしたので、書くなら別の英語専用サイトを作ろうと思います。これまでに公開した部分のなかで重要な部分を英訳するつもりで、その手間もかかりますが、なんとかやってみようといったところです。

英語が上手ではないのはもともと気にしてません。もちろん、上手なほうがいいに決まってます。日々上達させるようにはしてます。でも下手である場合、書かないほうがいいのか、下手でもいいから書くほうがいいのか。今回は後者を選びたいと思います。スポーツ選手が(例えばサッカーやメジャーリーグなどで)海外の球団に入団するときに、入団記者会見の挨拶を日本語でやるべきではない、という話があります。簡単な挨拶だけでも、覚え立ての棒読みでも、間違っていても発音が下手でもいい。その考えを勝手に応用して、下手でもいいから書くことにします。読むnative speakersにとっては苦痛かもしれませんけどね。

しばらく英語サイトを立ち上げる決心をするのに時間がかかるかもしれませんが、ぼちぼち始めようと思います。こちらの日本語は今まで通りです。

2010年4月13日火曜日

二つのチェック項目


今日はいきなりですが、スピンドルチェックボイントは何を認識しているのでしょうか?

例えば、微小管重合阻害剤で細胞を処理すると、微小管が重合されないので、当然、動原体は微小管に捉えられません。ここではスピンドルチェックボイントが、微小管と動原体が接着していないことを認識します。スピンドルチェックボイントの代表的な構成因子としてMad2タンパク質が挙げられます。Mad2は微小管の接着していない動原体を認識して局在します。既にみたように、Mad2はBubR1とともにCDC20に結合して、CDC20がAPCを活性化するのを阻害します。従って、細胞は染色体分配を行うことができません。

これがスピンドルチェックボイントが認識する第一の場面です。

しかし、仮に動原体が微小管に結合していたとしても、それで完璧に準備完了とは言えません。

図のように、「間違った」接着がありうるからです。Amphitelic結合が、望ましい正しい結合様式で、これならチェックポイントを解除して染色体分配に突入してよいですが、他の場合には不適切だといえます。

このように、接着attachmentが起きていてもそれが不適切だと判断された場合には、スピンドルチェックボイントが働きます。ここではチェックボイントは、動原体に左右から張力tensionがかかっているかを認識しています。図のSyntelic結合の場合には、姉妹染色分体の2個の動原体はいずれも微小管によって結合されているものの、左右に引っ張られる張力が生じません。したがって、これが不適切な結合であるとして、スピンドルチェックポイントによって認識されます。

張力の認識はBubR1によって行われるであろうことが癌研の広田亨先生をはじめとするいくつかのグループによって明らかにされました。

張力がかかっていることを認識したうえで、細胞はいよいよ準備完了となり、スピンドルチェックボイントを解除して、染色体分配を開始します。

ところで、このようにスピンドルチェックポイントについて概略を示しましたが、いくつか疑問点を思いつくと思います。それを次回みてみましょう。

2010年4月2日金曜日

どのようにして細胞周期を遅らせるか


スピンドル形成チェックポイント(以下、スピンドルチェックポイント)はどのようにして細胞周期を遅らせているのでしょうか。

現在もホットな議論が展開される部分でもあり、生物種によっていろいろなデータや考え方があります。私はとても全部を理解しているわけではありませんので、一般的な解釈について説明します。

まず、細胞が「待った!」をかけたくなる状況というものはどんな場面でしょうか。

前回説明したように、分裂期に突入して、いよいよ染色体DNAを二組に分配するというときになって、微小管がなかなかうまく動原体をつかまえることができない場合、チェックポイントの出番です。もしここでチェックポイントが見張っていないと、細胞は分裂後期(anaphase)に突入してしまい、染色体の不均等分配が起きます。この場合、まだ微小管によって捕らえられていない動原体に、チェックポイントの構成因子のひとつであるMad2が局在して活性化し、「待った!」をかけます。

そもそも細胞周期はこの時期、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性が最高潮に達しています。CDKはそのリン酸化酵素活性によって細胞周期の進行を一括して制御している重要な因子です。細胞周期をG1期からスタートさせると、G2期に向けてCDKの活性が徐々に高くなっていきます。CDKの活性がじゅうぶん高くなると分裂期(M期)に突入です。CDKの活性によって、分裂期に起きるべき様々な現象が適切なタイミングで起きていきます。染色体が微小管によって捕らえられる分裂中期に向かってその活性は最高潮に達するわけですが、そこから分裂後期に進行するためには、CDK活性を急きょ低下させる必要があります。

この役割を担うのが後期促進複合体(Anaphase Promoting Complex)です。あまり日本語名称は使れず、かわりに略称でAPCと呼ばれます。この活性はそれまでサイクロソームcyclosomeと呼ばれていた経緯があり、両名をAPC/cyclosomeまたは簡単にAPC/cと併記することも多くあります。大腸癌の原因遺伝子として知られるAPC (Ademomatous Polyposis Coli)や免疫の抗原提示細胞APC (Antigen Presenting Cell)とまぎらわしいですが、それらとは別の意味です。

分裂後期(anaphase)を開始させるためには、CDC20/Slp1/Fizzyというタンパク質(以降は単にCDC20と呼びます)がAPC/cに結合して活性化させるのですが、Mad2はCDC20に結合することによって、APCの活性化を阻害します。正確には、BubR1/Mad3というまた別のスピンドルチェックポイント因子もCDC20に結合します。Mad2とBubR1の両方がCDC20に結合することでAPCが阻害されます。

簡単にまとめると、微小管が結合しない動原体があるときは、Mad2がその動原体を認識します。Mad2とBubR1がCDC20に結合することで、APCは活性化できなくなり、CDKが高い状態が保たれ、細胞周期は分裂中期に停止し、後期には入りません。この時間稼ぎの間に、微小管がすべての動原体を正しく結合してくれればいいのです。

Mad2をはじめとするスピンドルチェックポイントの構成因子は酵母からヒトまで、幅広い真核細胞生物において保存されており、その重要性が伺えます。Madタンパク質は、Mitotic Arrest-Deficient(ベノミルによる分裂期停止に欠陥のある変異体)の頭文字、Bubタンパク質はBudding Uninhibited by Benzimiadzole (ベンズイミダゾールによる発芽停止に欠陥がある変異体)の頭文字をとったものです。そもそも、Cdc20やCDK(分裂酵母Cdc2や出芽酵母Cdc28)も酵母のcell division cycleの略で、すべて酵母の変異体単離から発見された因子です。これらをみても、酵母が細胞周期研究において先頭に立って分野を切り開いていった経緯を雄弁に物語っています。

2010年4月1日木曜日

新学期なので


いよいよ今日から新学期ですね。学生のかたはまだ春休みモードかもしれませんが、このサイトについてもう一度ごあいさつしておきます。

われわれのグループでは、分裂酵母という生き物を用いて、細胞のなかで微小管が担う役割を明らかにするために研究をしています。

このサイトは、われわれは何が知りたいのか? その背景にはどんなことがあるのか? どんなことをやっているのか?を多くのかたに理解していただくことを目的としています。

そのため、いきなり専門的な内容には飛び込まずに、できるだけ分野外の大学院生や、まだ研究をしていない大学の学部生、あるいは高校生にも理解してもらえることを前提として書いています。

今のところ、私が研究している分野の背景を大ざっぱに、ひととおり眺めているところです。細胞周期と微小管の関係、減数分裂と微小管の関係、細胞極性と微小管の関係、こういった柱があるわけですが。

私にこのまま書き続けられるだけの時間と力があれば、今後できるだけ専門的な内容や、具体的な実験の中身についても触れることができると思います。