[Japanese/English]

2010年3月31日水曜日

スピンドル形成チェックポイント


前回、動原体が微小管によって両側から捕らえられる仕組みについて大ざっぱに説明しました。すべての動原体が微小管によって捕らえられると(= bipolar attachmentが確立すると)、染色体の分離が起きて左右に分配されます。

そこで問題になったのは、誰がattachmentの確立を監視しているのかという疑問でした。もし誰も監視してなかったらどうでしょう。染色体が左右に分離するのが「なんとなく」起きると仮定すると、まだattachmentできてない動原体があるのに染色体が分離してしまう、その染色体は微小管によって引っ張られることがないので、宙に浮いてしまって、置き去りにされてしまうでしょう。その結果、染色体分配異常を起こし、細胞の癌化あるいは細胞死の原因になる可能性があります。したがって、正常な細胞分裂をするためには、微小管による動原体のattachmentを監視する必要がある、といえます。このような監視機構の存在をスピンドル形成チェックポイントSpindle Assembly Checkpoint(紡錘体形成チェックポイント、スピンドルチェックポイント、あるいは頭文字を取ってSACなど)と呼ばれます。

以下、長いけど「スピンドルチェックポイント」と呼ぶことにします。スピンドルチェックポイントの機能を持つ分子はMad2やBubR1など、いくつか知られています。生き物や実験系によって、同じMad2やBubR1でも機能や性質がことなる部分がありますが、とりあえず分裂酵母のMad2に限って話をします。

野生型の細胞は培地上で正常な増殖を繰り返します。ここで、培地に微小管重合阻害剤であるMBCやTBZを入れてみたらどうなるでしょう。これらの薬剤によって、細胞内微小管の重合が阻害され、スピンドルが形成できない状態に陥ります。

しかし、よほどMBCの濃度が高くない限りは、なんとか時間をかけてスピンドル微小管を形成させて染色体分配をおこない、増殖します。スピンドルチェックポイントはここで、2つの機能を担います。1つは、スピンドルが形成されない細胞では微小管が動原体に結合できないわけですから、その未結合の動原体を見つけてMad2がそこに局在します。これで、チェックポイントのスイッチをONにします。このような認知機構に加えて、第2に細胞周期の停止を起こす機能があります。Mad2が活性化することで、細胞周期を進行させることができなくなります。(実際にはAPC/cの活性を阻害しているのですが、それは次回にします)

細胞周期が分裂中期で停止すると、染色体の分配が起きません。染色体の分配は、後期に移行してはじめて起きることだからです。こうして、微小管がまだ結合していない動原体が細胞内にあるときは、Mad2をはじめとするスピンドルチェックポイントの因子がそれを認識して活性化して、細胞周期を分裂中期に一時停止させることで、染色体の分配が起きてしまうことを阻止しています。その機能はまさしく監視機構といえるでしょう。

それでは、mad2遺伝子を細胞から除去したら(mad2破壊株という言い方をします)、細胞はどうなるでしょう?
培地にMBCやTBZを加えて微小管構造が崩壊し、スピンドルが形成できなくなったとき、Mad2がないので細胞周期を止めることができません。細胞周期は後期に突入し、微小管が未結合であるにもかかわらず染色体の分離が起きて、染色体分配異常を誘発します。チェックポイントの重要性が分かっていただけるでしょうか。

ここでひとつ疑問点があります。
分裂酵母はmad2がなくても、通常の培地では細胞が死ぬわけではありません。何事もないように正常な分裂をして生きています。つまりMad2は生育には必須ではありません。これに対して、ヒトなどの高等生物はMad2を除去すると(ノックアウトすると)、MBCのような薬剤を加えなくても普通の培地で染色体分配異常を示してしまいます。この違いはどうして起きるのでしょうか? 

まだ実験による「答え」は出されておりません。でも、これまでに数ヶ月間にわたって説明してきた内容のなかから、いくつかその「理由」と思われるものを探し出すこともできます。想像してみると良いでしょう。


2010年3月26日金曜日

カフェ文化


ここ数年、カフェという名のついた会合が多く開催されています。おそらく、フランスなどのカフェ文化を模して、真面目な議論や堅苦しそうな内容の会合を、気軽に茶でもすすりながら楽しくお話ししましょうよ、ということなのでしょう。

東大理学部でも、高校生のためのサイエンスカフェと題して、教室では敬遠してしまいがちなサイエンスの話を気軽にしましょう、という企画があって、もし私が高校生の頃にそういう企画があったならば、参加したかったです。最近は、女子高校生のためのサイエンスカフェという企画もあって、理学の裾野が広がっていくことが期待されます。

話はそれますが、毎年夏におこなわれる理学部オープンキャンパスでは女子中高生のための相談コーナー「リガクルミラクル」という企画があります。リガクルミラクルってすごいキャッチですよね。奇跡です。横山広美先生のブログよりその名の由来。

私がロンドンでポスドク研究員をしていた頃も、teaをすすりながら楽しくポスドク仲間と実験の話をして、というよりも世間話とバカ話のあいまに実験の話もして、楽しい時間を過ごしました。重要なのは、実際に優れた実験のアイデアはそういうムードの中でこそ生まれた、ということです。まさにカフェ文化の意義を身をもって体験したといったところです。

それ以来、あの頃のムード、研究のスタイルが私の将来の理想です。イメージするのは、フランスのカフェというよりももっと気楽なリスボンのカフェです。とっても甘い菓子を食べながら。

とはいえ、なかなか日本に日常的なカフェ文化を持ちこむのは難しいですよね。というのも、いい実験のアイデアが出てくるくらいの理想的なカフェであるためには、「たまにカフェでもやってみる」のではなくて、「カフェの中に日常がある」くらいのほうが効果的なので。

それではカフェをたくさん企画してみたらどうだろうか。

微小管カフェ
悪くないが、それ以上でも以下でもない。

動原体カフェ
どうも堅苦しい。

サイクリンカフェ
遊園地のコーヒーカップのイメージになってしまう。分解されるわけだし。

シグナル伝達なら、カフェイン耐性カフェ
楽しいのか苦しいのか。

やはり、リガクルミラクルにはかなわないな。マイクロチューブルっていっても全然よろしくないし。

染色体をどうやって捕らえるか?


3月は何かと忙しくなっていて、更新が遅れました。4月も新学期でいろいろありますが、文字だけでもいいから更新していきたいと思います。文章は大部分をiPod touchで書いているので、なんか変な日本語になってる部分も多いかもしれませんが、どうかご容赦を。

さて、今回は、染色体が微小管によって捕らえられるところの説明です。

前回、中心体が染色体の両側に配置される場面まで書きましたが、そこまでくれば、染色体分配するための準備は半分できたようなものですが、これからのステップもきわめて大切です。

微小管が染色体を捕らえるためには、微小管側の準備と染色体側の準備が必要になります。染色体側の準備は、主に動原体の準備です。動原体とは染色体の中央部分であるセントロメア領域で、微小管が結合する部分にあたります。動原体が正しく形成され、左右を向いていないと、左右から伸びてきたスピンドル微小管によって捕らえられません。このことは特に減数分裂で重要な意味を持っています。それはまた日を改めて、減数分裂の説明をするときに書きます。

そして、微小管側の準備です。微小管が左右両側から形成されることはもちろん重要ですが、さらに微小管のプラス端のダイナミクスが大事です。

微小管の極性について説明したときに、プラス端のダイナミクスこそが染色体を捕らえるのに必要だという話をしました。下図は微小管が染色体を捕らえる過程を模式化したものです。簡単のため、片方の中心体(SPB)のみを描いてあります。

微小管が重合することで微小管は染色体の動原体まで到達します。しかし、微小管は、最初から動原体がどこにあるのか知っているわけではないので、動原体めがけて一直線に伸びて行って一発必中で動原体を射止めるわけではありません。当然、動原体を通り過ぎ、伸び過ぎてしまう事もあります。しかし、それで「残念、失敗でした」で終わるわけにはいきません。微小管は脱重合して、もう一度動原体を狙うことになります。うまく射止めるまでこの繰り返しです。しかも、姉妹染色分体の両方の動原体が、左右それぞれから伸びてきた微小管に結合する必要があります。


このように、search and captureによって染色体が分配される下地ができあがります。すべての染色体で両極からの結合ができあがれば(bipolar attachmentが確立されれば、という言い方をします)、全染色体が一斉に左右に分配されます。いわゆる「分裂後期」の開始です。

と、ここまで書いてきて不思議に思う方もいるかもしれません。「できあがり」というのは、誰がその判断を下すのでしょうか。何本もある染色体のなかで、仮に一本でも、両極からの結合が完了していない染色体がある場合、その状態で一斉に染色体分配が起きれば、その染色体は左右に引っ張られずに、その場に置き去りにされるか、姉妹染色分体の両方が一方の極に連れていかれてしまうでしょう。このような染色体分配異常を避けるために、すべての染色体がbipolar attachmentを完了していることを完全に確認してから、染色体分配を開始さる「監視役」の分子機構があるはずです。

そのような監視機構は実在し、スピンドル形成チェックボイントと呼ばれます。次回はそこからです。

2010年3月15日月曜日

東大生化のwebsiteが新しくなりました

http://www.biochem.s.u-tokyo.ac.jp/

東京大学・理学系研究科生物化学専攻(大学院の名称)および、理学部生物化学科(大学学部の名称)のwebsiteです。

駒場の教養学部生(新1年生、新2年生)とか、それよりも若い高校生のかたとかがもっと理学部生物化学科に興味を持ってもらえると有り難いですね。ぜひ進学先としてご一考ください。

大学院では、東大以外の大学出身者であったり、東大の中であっても違う学部や学科から生物化学専攻に来るひとも多くいます。大学4年生の夏に、大学院入試があります。興味のある人はwebsiteをチェックするなり、メールで問い合わせるなりしてみましょう。

進学の方法と特色を大ざっぱに書きますと、、、

東大ではまず理科1類とか理科2類とか、おおざっぱな枠で入学試験が行われます。つい先日も前期の合格発表が行われました。これは、理学部○○学科とか工学部xx学科を受験するかたちで入試を行う大学とは大きく異なる、東大入試の特徴です。つまり、入学時には細かい専攻内容は決まっていない、決めなくていいのです。合格した大学新1年生は、教養学部(目黒区駒場キャンパス)に在籍し、一般教養を学びます。学生が、○○学部xx学科といった、それぞれの専門に分かれるのは3年生からです。

2年生のときに、自分が進学を希望する学部学科を申請し、夏に進学先が内定します。例えば、理学部生物化学科が定める定員以上の希望者がいた場合(実際、例年そうなってます)、全員は進学できませんから、大学での1年半のトータル成績順に、上位から合格内定していきます。いわゆる「進学振り分け」です。

めでたく生物化学科に内定すれば、大学2年の秋から専門科目の授業が始まります。自分が生物化学科に内定したときは「ああ、これから生化に進学するんだな」とその授業の専門性にとても感動しました。

無事に3年生になれば、駒場を離れ、文京区本郷キャンパスでの生活が始まります。生化の3年生は、火曜から金曜まで毎日、学生実習という実験があります。この時間に実験の基礎を学びます。ここでは、今後自分が研究していく上で必要となる基礎実験をじっくり学びます。このような、実験重視・基礎重視の姿勢が理学部生化のもっともすばらしいところです。ちゃらい実験のうわべをなぞったり、見た目華々しいような研究をちらつかせて学生をリクルートするやり方もあるかもしれません。しかし、生化はそういうスタンスをとりません。あくまでも、基礎充実・自主性の尊重です。このことが本当に重要なのだと感じるのは、学生をやっているときよりも、ポスドク研究員としてひとりで責任もって実験に取り組んでいるときにとても強く実感するものです。自分がそうでした。

生化のある理学部3号館には5研究室があります。生物化学科の4年生はこの5研究室のいずれかに配属されて研究します。大学院理学系研究科・生物化学専攻では、この5研究室以外にも、分生研や医科研その他の東大研究施設での研究も可能です。

大学院(修士課程または博士課程)から生化に来たい人は、先に述べたように4年の夏にある大学院入試を受ける必要があります。そのための説明会は4月にありますので、興味ある人は是非websiteを見て参加してみてください。

すべての人に生化がベストだなんていうつもりはありません。いろいろな学部学科をみて、自分の進学したい学科を決めてもらえれば、と思います。